この記事に出てくる専門用語
- MVP(Minimum Viable Product):顧客に価値を提供できる、必要最低限の機能だけを備えた試作プロダクトのことです。
- PSF(Problem Solution Fit):ユーザーが抱える課題と、それを解決する手段(アイデア)が噛み合っている状態のことです。
- PMF(Product Market Fit):完成したプロダクトが、実際に市場(ユーザー)に受け入れられている状態のことです。
- バーニングニーズ:頭に火がついたような、切迫して解決したい課題のことです。単なる「あったら便利」ではなく、「今すぐ何とかしたい」という強い欲求を指します。
- NPS(Net Promoter Score):「このサービスを友人に勧めたいか」を0〜10点で聞き、推奨者の割合から批判者の割合を引いて算出する、顧客満足度の指標です。
- チャーンレート(Churn Rate、解約率):一定期間内に、契約中の顧客のうちどれくらいが解約したかを示す割合です。
新規事業を立ち上げる際、多くの企業が「新規事業のKPI設定をどう進めればいいか分からない」という壁にぶつかります。既存事業であれば売上や利益率といった確立された指標がありますが、新規事業では何を成功の基準にするか自体が曖昧なケースがほとんどです。「とりあえず数字を置いてみたものの、これで合っているのか自信がない」と感じている方も多いのではないでしょうか。
Wurでは2019年2月の創業以来、大手企業から個人の起業家まで、50社以上の新規事業支援に携わってきました。相談に来られる方の中には、「社内で新規事業を立ち上げたいが、進め方が分からない」という大手企業の新規事業部門の担当者も少なくありません。その現場で見えてきたのは、新規事業のKPI設定を誤ると、時間とお金をかけて開発したプロダクトが誰にも使われないという厳しい現実です。
この記事では、フェーズごとに追うべきKPIの考え方と、実際の開発プロセスに紐づけたKPI設定の目安を解説します。
新規事業のKPI設定が難しい3つの理由
1. 既存事業のKPIをそのまま流用してしまう
Wurに相談に来るクライアントの多くが、既存事業で使っているKPI(売上・粗利・成約率など)をそのまま新規事業にも適用しようとします。しかし、これは大きな間違いです。
新規事業の初期フェーズでは「売れるかどうか」よりも「顧客の課題を正しく捉えているか」が重要になります。いきなり売上目標を追うと、課題検証が不十分なまま開発が進み、結果的に誰も使わないプロダクトが完成してしまいます。
2. 「とりあえず」で設定した指標を追い続ける
「まずはユーザー登録数100件を目指そう」といった形で、根拠のない数値目標を設定するケースもよく見られます。この「とりあえず」のKPIが問題なのは、達成しても失敗しても次のアクションが見えないことです。
KPIは「達成したら何がわかるのか」「未達成なら何を改善すべきか」が明確でなければ、ただの数字遊びになってしまいます。
3. フェーズに応じた指標の切り替えができない
新規事業は「課題検証→解決策検証→事業化」とフェーズが進むにつれて、追うべき指標が変わります。PSF(Problem Solution Fit=課題と解決策が噛み合っている状態)の段階で売上を追っても意味がないように、PMF(Product Market Fit=プロダクトが市場に受け入れられている状態)達成後も初期指標を追い続けるのは非効率です。
新規事業支援の現場では、クライアントとフェーズごとの指標構造を最初に整理し、「いつ、何の指標に切り替えるか」を明確にしてからプロジェクトをスタートすることを大切にしています。
新規事業のKPI設定で押さえるべき基本原則
バーニングニーズの特定が最優先
新規事業のKPI設定で最も重要なのは、バーニングニーズ(頭に火がついたような切迫した課題)を正しく捉えることです。ユーザーが本当に困っている課題を解決できなければ、どんなに精緻な指標を並べても意味がありません。
Wurでは、ビジネス設計フェーズで徹底的にユーザーインタビューを行い、バーニングニーズを特定します。この段階でのKPIは「インタビュー実施数」「課題の深刻度スコア」など、定性的な情報を定量化する指標が中心になります。
フェーズごとに「問い」を明確にする
新規事業は大きく3つのフェーズに分かれ、それぞれで答えるべき「問い」が異なります。
PSFフェーズでは「課題は正しいか?」を問います。ユーザーは本当にその課題で困っているか、その課題を解決する価値があるか、競合では解決できていないか、といった点を検証する段階です。
PMFフェーズでは「解決策は正しいか?」を問います。ユーザーは実際にプロダクトを使うか、継続的に使ってくれるか、お金を払ってくれるか、といった反応を確かめる段階です。
スケーリングフェーズでは「ビジネスとして成立するか?」を問います。収益構造は健全か、成長は持続可能か、を見極める段階です。
KPIは、各フェーズの「問い」に答えるために設定するものです。この原則を忘れると、指標そのものが目的化してしまいます。
先行指標と遅行指標を組み合わせる
遅行指標(Lagging Indicators)は結果を示す指標です。売上・契約数・利益率など、ビジネスの成果を測るものです。一方、先行指標(Leading Indicators)は結果につながる行動を測る指標です。問い合わせ数・トライアル申込数・アクティブユーザー数などが該当します。
新規事業では、先行指標を重点的に追うことが重要です。遅行指標だけを見ていると、「売上が伸びない」という結果はわかっても「何を改善すべきか」が見えません。ここで判断材料になるのが、LTV(Life Time Value、顧客が取引期間全体を通じてもたらす利益の合計)がCAC(Customer Acquisition Cost、1人の顧客を獲得するのにかかる費用)を上回っているかという視点です。実際に、Wurが支援した採用自動化システムの事例では、業務時間の削減を先行指標として重視し、月30時間かかっていた業務を完全自動化できたという結果につながりました。先行指標の動きを見ながら改善サイクルを回すことが、遅行指標の改善につながります。
開発フェーズごとに変わるKPI検証の中身
KPIは頭の中で整理するだけでなく、実際の開発スケジュールと紐づけて初めて機能します。Wurの開発フローは3つのステップで構成されており、それぞれが検証すべきKPIの中身と対応しています。
| Wurの開発ステップ | 期間の目安 | 主な活動 | 対応するKPI検証フェーズ |
|---|---|---|---|
| STEP1:ビジネス設計 | 0.5〜2ヶ月 | クライアントヒアリング、ユーザーインタビュー、バーニングニーズ特定 | PSF(課題は正しいかの検証) |
| STEP2:UIデザイン・要件定義 | 0.5〜1.5ヶ月 | ワイヤーフレーム作成、主要画面デザイン、ユーザビリティ確認 | PSFからPMF検証への橋渡し |
| STEP3:システム設計・実装 | 1.5ヶ月〜 | MVP開発、リリース | PMF(アクティブ率・リテンション・NPSの本格計測) |
STEP3でMVP(顧客に価値を提供できる最小限のプロダクト)をリリースした後、アクティブユーザー率やリテンション、NPSといったPMFフェーズの指標を本格的に計測し始めます。目安として、Wurが提供するMVP開発支援は期間2ヶ月〜・費用337.5万円〜です。
この開発コストの部分にも、KPI設計上のヒントがあります。Wurの開発体制は、ベトナム・ハノイ工科大学出身者を中心とした開発チームに、日本人エンジニアが必ずシステム設計・コードレビューで関わる形をとっており、コストは国内開発の約1/2に抑えられます。この差額分の予算をユーザーインタビューや広告のA/Bテストといった先行指標の検証に回せるかどうかは、KPIが未達成だったときに軌道修正できる回数にも直結します。実際に「外注見積もりが2,000万円以上だったシステムを、補助金活用後の実質負担300万円以下で実現できた」という声もあり、浮いた予算を検証活動に再投資できるかどうかは無視できない要素です。
さらに最新サービスの「Wur ゼロイチAI」では、AI PMが曖昧なアイデアを15分でプロ仕様の事業計画書に変換し、Claude Codeの活用によって従来の1/3の期間・コストでのMVP納品を目指しています。開発費・期間・リスクを最大1/3に抑えることを掲げており、月3社限定の無料AI事業診断ワークショップでは、デジタル化・AI導入補助金やものづくり補助金の活用可否もあわせて診断します。KPI検証は仮説を回す回数が増えるほど学びが深まる性質があるため、開発スピードの違いが、PSFからPMFへの検証サイクルを何回転させられるかに直結すると捉えています。
PSFフェーズで追うべきKPI
PSFフェーズは「課題が正しいか」を検証するステージです。この段階ではプロダクトすら存在しないため、KPIは定性調査の定量化が中心になります。
インタビュー実施数・深度
目安は、ターゲットセグメントごとに10〜20名です。Wurでは、ビジネス設計フェーズで必ずユーザーインタビューを実施します。このとき重要なのは「数」だけでなく「深度」です。課題の深刻度を5段階評価し、「4以上(かなり困っている)」と回答した割合を追います。
例えば「この課題が解決されたら月額いくら払いますか?」という問いに対し、具体的な金額を即答できる人が何%いるかを見ます。
課題の再現性
目安は、同じ課題を持つ人が全体の60%以上です。インタビューで出てきた課題が、特定の個人だけの問題なのか、市場全体に共通する課題なのかを見極めます。再現性が低い課題を解決しても、ビジネスにはなりません。
競合ソリューションの不満度
目安は、既存ソリューションへの不満が70%以上です。「その課題、今はどうやって解決していますか?」という問いに対し、既存の解決策(競合サービス・手作業・諦めるなど)への不満度を測ります。不満度が低ければ、わざわざ新しいプロダクトに乗り換える理由がありません。
PSFフェーズのKPI例
- ユーザーインタビュー実施数:20件
- 課題の深刻度4以上の割合:65%
- 課題の再現性:70%
- 既存ソリューションへの不満度:75%
- 想定価格への支払い意向:50%
これらの指標が一定水準を超えたら、PSF達成と判断し、次のPMFフェーズ(プロトタイプ開発)に進みます。
PMFフェーズで追うべきKPI
PMFフェーズは「解決策が正しいか」を検証するステージです。MVPを開発し、実際にユーザーに使ってもらいながら指標を追います。
アクティブユーザー率(DAU/MAU)
目安は、初期は20%以上、PMF達成時は40%以上です。DAU(Daily Active Users=1日あたりの利用者数)をMAU(Monthly Active Users=月間の利用者数)で割って算出し、ユーザーがどれくらいの頻度でプロダクトを使っているかを測ります。
Wurが支援した動物病院向け予約受付DXサービスでは、利用継続率99%という高い水準を維持しています。開発初期からアクティブユーザー率とリテンションを丁寧に追い続けたことが、この水準につながっています。
リテンション率(継続率)
目安は、1週間後40%以上、4週間後20%以上です。初回利用から1週間後・4週間後にどれだけのユーザーが残っているかを測ります。リテンション率が低い場合、プロダクトが課題を本質的に解決できていない可能性が高いといえます。
新規事業支援の現場では、リテンションカーブを週次で確認し、「どの機能を使ったユーザーが継続しているか」を分析します。
NPS(Net Promoter Score)
目安は、初期は0以上、PMF達成時は30以上です。「このサービスを友人に勧めますか?」を0〜10点で評価してもらい、推奨者(9〜10点)の割合から批判者(0〜6点)の割合を引いた値で、ユーザー満足度を測る代表的な指標です。
NPSがマイナスの場合、プロダクト改善が最優先になります。いくらマーケティングに投資しても、ユーザーが満足していなければ解約されてしまいます。
タスク達成率
目安は、コア機能で80%以上です。「ユーザーがやりたいこと(タスク)を、プロダクト上で完遂できるか」を測る指標です。例えば予約システムなら「予約完了までたどり着けた人の割合」がこれにあたります。
Wurでは、UIデザイン・要件定義フェーズでユーザビリティテストを実施し、タスク達成率を事前に測定します。
PMFフェーズのKPI例
- アクティブユーザー率(DAU/MAU):25%
- 1週間後リテンション率:45%
- 4週間後リテンション率:22%
- NPS:15
- コア機能のタスク達成率:82%
- 月間成長率(MoM):15%
これらの指標が目標値を超えたら、PMF達成と判断し、スケーリングフェーズに移行します。
スケーリングフェーズで追うべきKPI
スケーリングフェーズは「ビジネスとして成立するか」を検証するステージです。ここでようやく売上・利益といった財務指標が重要になります。
MRR(Monthly Recurring Revenue)/ ARR(Annual Recurring Revenue)
目安は、MRR成長率で月10%以上です。サブスクリプション型ビジネスの場合、毎月・毎年の継続課金収益を追います。新規獲得だけでなく、既存顧客の継続・アップセルも含めた総合的な成長指標です。
LTVとCACの比率
目安は、LTV/CAC>3です。顧客生涯価値(LTV)が顧客獲得コスト(CAC)の3倍以上であれば、健全なビジネスモデルと判断できます。これを下回る場合、マーケティング費用が回収できていない可能性が高いといえます。
相談の中には、「月100万円の広告費をかけているのに売上が伸びない」というケースもあります。多くの場合、LTVがCACを下回っており、投資すればするほど赤字が膨らむ構造になっています。
チャーンレート(解約率)
目安は、月間チャーンレート5%以下です。月間でどれだけの顧客が解約したかを測る指標で、SaaSビジネスではチャーンレートが7%を超えると成長が鈍化します。Wurでは、リリース後もユーザーに使われ続けるサービスになるまで伴走することを重視しており、オンボーディング設計を丁寧に組み込むことで、契約後の離脱を防ぐ工夫を提案しています。
ユニットエコノミクス
目安は、1顧客あたりの利益がプラスであることです。1顧客を獲得・維持するのにかかるコスト(CAC+サポートコスト+サーバー費用など)と、1顧客から得られる収益(LTV)を比較します。ユニットエコノミクスがマイナスの場合、規模を拡大すればするほど赤字が膨らみます。
スケーリングフェーズのKPI例
- MRR:500万円(前月比+12%)
- LTV/CAC:3.5
- 月間チャーンレート:4.2%
- ユニットエコノミクス:+25,000円/顧客
- ARR成長率:年120%
- Gross Margin(粗利率):70%
これらの指標が安定すれば、資金調達や本格的な組織拡大に進めます。
フェーズ別KPI早見表
ここまでの内容を、フェーズごとの「問い」と代表的な指標でまとめると、以下のようになります。
| フェーズ | 答えるべき問い | 代表的なKPI | 目安値の一例 |
|---|---|---|---|
| PSF | 課題は正しいか | インタビュー実施数、課題深刻度、既存ソリューション不満度 | 深刻度4以上65%、不満度75% |
| PMF | 解決策は正しいか | DAU/MAU、リテンション率、NPS、タスク達成率 | DAU/MAU 20〜40%、NPS 0〜30 |
| スケーリング | ビジネスとして成立するか | MRR成長率、LTV/CAC、チャーンレート | LTV/CAC>3、チャーン5%以下 |
自社のプロジェクトが今どのフェーズにいるのか分からない、という場合は、まずこの表と照らし合わせてみてください。
新規事業のKPI設定でよくある失敗パターン
失敗パターン1:指標が多すぎて追いきれない
新規事業のKPI設定でよくあるのが、「念のため」とあらゆる指標を並べてしまうケースです。日次でチェックすべき指標が10個も20個もあると、どこに注力すべきか分からなくなり、結局どの指標も深掘りされないまま形骸化します。フェーズごとに追う指標を3〜5個程度に絞り込むことが重要です。
失敗パターン2:達成基準が曖昧なまま走り出す
「良い数字が出たら次に進む」といった曖昧な基準では、チーム内で判断がぶれてしまいます。PSFなら「課題深刻度4以上が○%」、PMFなら「NPSが○以上」というように、あらかじめ具体的な数値で合意しておく必要があります。
走り出す前のチェックリスト
上記の失敗パターンを避けるために、開発着手前に以下を確認しておくことをおすすめします。
- 今のフェーズ(PSF/PMF/スケーリング)で答えるべき「問い」は何か、言語化できているか
- 追う指標を3〜5個程度に絞り込めているか
- 各指標について「達成したらどう判断するか」「未達成ならどう改善するか」を事前に決めているか
- 先行指標と遅行指標の両方が含まれているか
まとめ
新規事業のKPI設定は、既存事業のKPIをそのまま流用するのではなく、PSF・PMF・スケーリングというフェーズごとに「答えるべき問い」を明確にし、それに応じた指標を選ぶことが出発点になります。指標を絞り込み、達成基準をあらかじめ具体的な数値で合意しておくことが、遠回りを防ぐ近道です。
Wurでは、ビジネス設計からMVP開発、リリース後のグロースまで一気通貫で伴走しながら、フェーズに応じたKPIの整理をお手伝いしています。自社の新規事業が今どのフェーズにいるのか、どの指標を追うべきか迷っている場合は、まず現状を整理するところから始めてみてください。
まずはWurの無料ヒアリングツールでアイデアや課題を整理してみてください。
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シリコンバレー留学をきっかけにIT業界へ。エンジニアとしてキャリアを積んだ後、大手企業の新規事業開発・スタートアップCTOを経てWur株式会社を創業。「人々の日常に、心躍る体験を。」をミッションに、新規ビジネスの立ち上げを一気通貫で支援している。エアトリグループ傘下として、国内外の豊富なネットワークを活かしたサービス開発を手掛ける。



